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ひさしぶりに西東京市の田無と西武柳沢に行ってきた。

雑記

僕のなかでは、西武新宿線の駅で西東京市にある、田無と西武柳沢は第二の故郷と思っている土地です。
第一の故郷は僕が生まれてから二十歳まで過ごした実家のあるところですが、二十歳で実家を出て、はじめて一人暮らしをした場所が西武柳沢でした。
東京に行くぞと思い立ち、アルバイトで貯めた30万円ほどのお金をもとに、夜行バスで新宿まできて、エイブルに駆け込み、30万円で引っ越せる家をかりたいと相談して、僅か数時間で紹介された西武柳沢のアパートに引っ越しを決めて、その日の夜の夜行バスでまた実家に戻るという、あのときはほんと若さなのかなんなのか、とりあえず勢いだけで翌月からの引っ越しを決めた。
西東京市にきてからの働き口もない状態で引っ越してからすぐにしたのはアルバイト探しだった。
僕は面接受けがいいのかアルバイトの面接は落ちたことがない。
いやよく考えれば、いつでも出勤出来て給料面などもそれほど気にしていない二十歳のそこそこはきはき受け答えをする青年を採用しない理由なんて特にはないだろうと思う。
アルバイトは実家暮らしのときもいろいろやったけど、一人暮らしをしてからもいろいろな事情で何回かやめては違うバイトをしてを繰り返していた。
当時は二十代前半と言ってもまだ子供みたいなものだったろうと思う。
何回か変わるアルバイト先でも大抵気のあう仲間に恵まれた。
仕事だけではなくプライベートでも遊ぶ仲間と楽しい青春のようなものだった。
今でも連絡をとってたまに遊ぶ仲間も多くはないけどいる。
僕が派遣の日払いバイトをしているとき、日払いでもらったお金の半分くらいをその日の飲み代に使っている時期があった。
そんな生活をしていて家賃をなんと半年間も滞納してしまったのだ。
西武柳沢で借りていたアパートの大家さんは、本業もしながら、家賃収入はまーそんなに気にしていなかったのだろう。
半年滞納するまではそんなに厳しく支払い要請はなかった。
半年滞納したとき、大家さんも呆れてしまったのか、連帯保証人である親に連絡がいった。
いきなり親に支払い請求はいかず、僕が何とかして返済することを約束して猶予をもらった。
当時所属していた派遣会社にもうちょっとお金が貰えるバイトを紹介してほしいと相談して今までよりもかなり時給のいいバイトを紹介してもらって、それからは毎月2か月分づつ家賃を払い半年でなんとか完済出来た。
そんな思い出があります。
あのときはみんな本当にいろいろと有り難う御座いました。
そんな感じです!