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愛だろ愛。

さっきテレビをぼんやりみてたんだけど、やってたテレビが、もう1度みたいドラマとアニメの名シーンのランキングをカウントダウン形式で発表していく番組だったんだけど、ドラマの第一位で紹介されたのは「101回目のプロポーズ」の超有名なあのシーンでした。

ドラマがリアルタイムで放送されていたときは、僕は9才なので、リアルタイムではみていませんでしたが、もちろんあの有名な告白シーンは知っています。

「僕は死にません!僕は死にません!あなたが好きだから!僕は死にません!僕が幸せにしますから!」

101回目のプロポーズ名場面 - YouTube

101回目のプロポーズ 感動の最終回 - YouTube

このシーンはテレビで何回も放送されているので僕のように実際にドラマをみたことのない人でも知っている人はいると思う。

あのシーンの雰囲気であのセリフだから何となく言葉の重みが理解できない年齢でも感動することは出来ると思う。

でもおそらく僕が20年前に見たあのシーンに対する感情移入の仕方と今さっきテレビでみたときの感情移入の仕方では違うはずだ。

もちろん学生のときだってまわりに大切な人はいっぱいいたし、この言葉の意味は理解していたとは思うのだけど、何か大恋愛をした人が言うような、まるで自分とはあまり関係のないような出来事の話しというか、どこか遠くの世界で起こっているストーリーのように感じていたんじゃないかと思う。

20台前半まではほんとうに、あれもしたい、これもしたい、もっとしたいもっともっとしたいー。

という感じだったんだろうなー。

前に記事にしたこともあったけど、男の学生時代なんて全員が全員ではないと思うけど、本当にモテたいという気持ちで動いている部分が多いと思う。


テクニックを嫌った若かりし日。 - itimakaの日記

モテたいということは、愛をもらいたいんですよね。

与える側になってないの。

年齢を重ねると、だんだんと愛をもらいたい人から愛を与える人になっていくんじゃないかな。

だからおじいちゃんおばあちゃんってやさしい人が多いんじゃないか。

愛って押し売りするもんじゃなくて、いつでも感じられるように、別に目立つ場所じゃなくてもいいけど、すぐにみつけられる場所に、なにげなく置いておいてあげるもんなのかもしれない。

「僕は死にません!」っていうのは、何か特別なことをしてあげるわけでも、何か価値のある物をあげるわけではないけど、今日も明日も最愛の人が生きているってことが何よりも嬉しいことであるというのがお互いの間で成立している素敵な関係でのみ成り立つ最高の愛の言葉なのかもしれない。

そんな感じです!