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出来るって素晴らしい。

少し前ほぼ日刊イトイ新聞の今日のダーリンで糸井重里さんが、出来るっていうことでしばらく生きていけるようなきがするというような記事を書いておられました。

それが頭の片隅に残っていたからかなんなのかわからないけど、出来るってことをもっと楽しみたいなーと今日ぼんやり考えていました。

以前何の番組で、誰の言葉かも忘れてしまったのですが、たしか知ってるつもりとかそういう番組だったと思います。

故人の特集みたいなのをやっていて、その人の言葉で、「なーんにも出来なかったな、でもあなたのそばにいられた。」

みたいな言葉を残している方がいました。

たしか旦那さんとずっと一緒にいられたことを言っていたと思います。

なーんにも出来なかった。

もしかしたら、人は死を迎えるときに多くの人はこういう気持ちを持つのかもしれないと思った。

エジソンだってライト兄弟だって、自分たちが発明をする前には出来なかったことを出来るようになるすごいことを成し遂げているのですが、本人からしてみれば、もしかしたらもっと先のことまで見据えていて、ここまでしか出来なかった。

なーんにも出来なかったな。

と少し思っていたかもしれません。

現に現在では、エジソンライト兄弟の発明を受けてどんどん進化させてすごい技術や出来ることは増えていますし、変化しています。

もちろんエジソンライト兄弟は、僕たちが振り返ってみるとすごいことをした人なのですが

、一個人の感想という部分でみるとなーんにも出来なかったと思っていたということもありえなくはないと思います。

発明したときは世界中が熱狂したとは思いますが。

現在もいろいろな商品やいろいろなものが発明されたり考えられたりしていますが、それのほとんどは出来るっていうことを形に出来るものだったりします。

インターネットもそのあらゆるサービスも家電もそれ以外のことだって出来るっていうのが何だか嬉しくて、発展していっているんじゃないかと思います。

ブログサービスも気軽に誰でもブログが楽しめるという出来るっていう楽しみや喜びで成り立っていますし。

僕はそのブログサービスであるはてなブログでブログを書いているのですが、ブログを書くというのはもう出来ています。

パソコンかスマホでもあれば誰でも簡単に出来ます。

僕はブログはまだ2か月ちょっとしかしていませんが、もうかれこれ10年以上、もしかしたらもっと長い間やっている人もいるかもしれません。

ブログを1記事書くのは簡単に出来ましたが、それをある程度長い期間継続してやるというのは簡単ではないし、それだけで少し素敵なことな感じがしますね。

例えば僕が10年後もこうやってブログを書いている、20年後も30年後も。

50年とかになるともう自分の中ではちょっとやった感はあるだろうなー。

50年前に書いた自分の文章が残っていてそれを読み返すってどんな気分なんだろう。

もしかしたらそのときは今とは全然違う生活を送っているかもね。

自分以外の人もブログを続けていてくれたら面白いだろうなー。

例えば今はミニマリストとブログをやっている人が、いつの頃か一軒家を買って犬を何匹か飼って生活をしているなんてこともありえるし、もう今の僕ではとても想像なんか出来ない変化をしていることもあるかもしれない。

もちろん20年前にはみんなスマホ持ってなかったみたいに生活をがらっと変えてしまうような発明もあるかもしれない。

これからどういうふうに変わっていくかはわからないけど、どう変わっていっても何か出来るっていうことの喜びっていうのは根底にあるもののような気がするから、何十年後でも出来る、すごいぞっていう楽しさってなくなっていないんだろうなー。

出来るっていうのはまわりとは関係ない。

例えば子供がはじめて自分で歩けるようになったとか、自転車に乗れたとか、逆上がりが出来たとか、そういう個人ではじめて出来たってことでもすごく嬉しいものだ。

出来るってことを意識していくと日々の何気ないところにも楽しさはまだまだあるのかもしれないなー。

何か言いたいことがふらふらしてますが、僕はこのブログを続けると楽しいんじゃないかなーって少しわくわくしてます。

そんな感じです!