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笑顔の履歴書。

雑記

僕は子供の頃、笑うのが得意だった。

笑うのが得意というのは何か変な表現に聞こえるかもしれませんが、僕もそう思います。

本来、笑いとか笑顔って自然と出るもので、出そう出そうとして頑張って出すものではないような気がして。

子供の頃から作り笑いが上手かったと言えばなんだか悲しいエピソードでもありそうな気がするが、特にそういうわけではない。

僕は笑っていた方が周りも楽しいんじゃないかと思っていつも笑っていたように思う。

でもいつだったか、そんな自分が少し嫌になったときがあったと思う。

楽しくもないのに笑っているのは自分に嘘をついているような気がして。

で、笑うのが少し苦手になったときがあった。

笑うことは以前よりは減ったが、自分の気持ちを大切にする為、自分がどんなことを好きなのか、本当に楽しいと思っているのかはより正確にわかるような気がした。

それが出来てくると、好きなこと、好きな時間をより多くつくろうとすることが出来る。

だんだんそれが上手くいき、楽しい時間が増えてきたなー。

今ここらへん。

過去を振り返ってみると、笑うのが少し苦手な時期はやっぱり一番楽しくないかもしれない。

子供の頃の無理矢理にでも笑って楽しくしてた時期はすごく楽しかった。

楽しいボリュームで言うとその頃が一番楽しい感じがする。

やっぱり無理矢理にでも笑っているっていうのは、結果的に楽しく過ごせるいい方法なのかもしれない。

学校生活が楽しければ、学生はずっと楽しいよね。

今は楽しいだけじゃやっていけない仕事をしているから1日にしめる時間の問題でその頃の方が楽しかった印象が強いのかもしれない。

今だって、本当に気の合う仲間だけで、楽しいことを追求して過ごせばもっと楽しいのかもしれない。

人生は1回しかないし、もっと自分の好きなようにやりたいことをやってやってもいいんじゃないかと最近はすごく思います。

最近じゃなくてずいぶん前から、というかずっとそんなことは思っていたのかもしれない。

でも生活の安定さから行動には移さず、どこかでうやむやにして過ごしてきたのかもしれない。

その選択は正しいのかもしれない。

人生は1回しかないから、今すぐにでもやりたいことをするべきだ!って言う人からすれば間違っている選択なんだろうけど。

でももしそれを実行に移して、とりあえず仕事やめましたなんてやっていたら、どこかで生活が破たんしていたかもしれないし、最善の選択をしてきたはずだ。

いや、選択が正しかったかどうかなんて今さらどうでもいいし、検証しようもない。

自分が進んできた道を肯定し、これからも自分で信じた道を進むんだ。

意外と安全な道を歩いてきている僕は、これからもこのままなんとなく、波風の立たない生活を送るのかもしれない。

それはそれでいい。

でも、自分が何をやるかは自分で選択してるんだということをしっかりと自覚して、これからも後悔のない選択をしたい。

無理だよね。

人生なんて後悔の連続なんだよね。

いろんな先輩が言っている。

でもそれでいいじゃないか!

楽しくいこうぜ!

ってことでいいと思う。

僕は明日も仕事に行きます。

そんな感じです。