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そんなのツイッターでよくね?てことを考える。

ツイッターにしろ、ブログにしろ、何をどういう風に表現するかって基本的には書く人の自由で、楽しんで書ければそれでいいじゃないと思うんですが。
何かブログっていうことになるとちょっと敷居が高くなるというかなんというか。
文字数はこれくらいはないとだめだとか有益な記事を公開しないとだめだとか、いろいろ語られがちな気がします。
ブログを書いてすごい人気者になりたいとか、広告張ってお金稼ぎたいとかなら、いろいろ工夫が生まれてくるとはおもうのですが、趣味で楽しむ分には何でもいいと思うんですよね。
それにお金を稼ぎたいとしても、はじめから文字数とか有益な記事とか考えてると、スタートすらきれない。
自分はツイッターやブログを使って何がしたいのか、どういうことを表現したいのかなんて、まずは書きはじめて楽しみながら考えればいいことだし。
やってるうちにこうしたいああしたいって変わってくるかもしれないし。
せっかく楽しむ為にあるものなのに、自分でいろいろ作っちゃって、楽しめなくするのはもったいない。
自分ではつまんないなーと思う記事でもそれを判断するのは読んでくれる人だし、自分ではめちゃくちゃ面白いって思っても、全然うけないことだってあるだろうし。
結局公開して、表現してみないとわからないから自由に楽しくやればいいんだって思う。
まずはいっぱい書いてみないと自分のどういう記事がうけてどういう記事がうけないのかもわからないからね。
インターネットに公開する楽しみは、見てくれた方の反応を感じれたときに大きなものがあると思うんだけど、それにはまず打席に立つことが必要で、1年に1回しか記事書かないけど、その記事がめちゃくちゃはんきょうがある人と、毎日書いててそれなりに反響がある人と、どっちがいいかなんて本人の楽しみ方次第だし。
1年で1記事、100万ページビュー稼ぐ記事を書く人と、毎月記事書いて、1年で全部の記事で100万ページビュー稼ぐ人は、ページビューということでは同じ。
どっちがいいかは本人次第。
表現が自由すぎてどうやったらいいかって迷いやすいけど、楽しいのが1番。
表現が自由で、匿名だからって、人に嫌な気分を与えないかどうかってことは気をくばったほうがいいけど。
表現した以上、そういうことの責任をとるのは自分しかいないから。
自分に向けての記事でした。
そんな感じです。