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効率的、合理的ということを嫌った若かりし日。

 前に、テクニックを嫌った若かりし日っていうタイトルで記事を書いたんだけど、簡単に言うと、テクニックばかりに走って、実のなかった以前の自分を恥じていたということなんですけど、同じようなことがもう一つありまして、タイトルに書いてますけど、効率的とか合理的というのもどうかなっておもうところもあるんですよ。

テクニックを嫌った若かりし日 - itimakaの日記

 効率的とか合理的って通常はもちろんいい意味で使われるんですけど、何でもかんでも効率的だったり、合理的だったりする方がいいってことはないって思ってます。

それを思い出したのはこんな記事を発見して思い出しました。

結婚式が大好きな女の子と結婚できるか? - しっきーのブログ

そうなんですよね。

効率的とか合理的なことが絶対的にいいとすると、結婚式で大金を使うことなんてありえないって話しなんですよ。

結婚式はしなくてもいいとして、夫婦でも、ご近所さんとでもいいけど、ちょっとした雑談。

夜景のきれいなところとか、雰囲気のいいところで食べるディナー。

趣味的なもの全般は効率を考えるとしなくてもいいこと、1円のもならないし、それだったら寝てるほうがいい。

寝ることも生産的じゃないから、仕事以外は資産運用を勉強したり、何か生活の役に立つ本を読んだりする。

漫画は役に立たないからよくない。

そんな考え方になってしまう。

これも僕の失敗談で、今の仕事をはじめたとき、売り上げ至上主義で、効率魔だった。

だから買わないお客さんと判断したら、軽くあしらったり、お客さんがしてくる雑談には耳を傾けず、話しは上の空。

買ってくれるお客さんを横目に、はやく雑談おわってくれないかなーと思って仕事をしてました。

なんかその頃は、友人と飲みに行ってもなんだか話しが広がらず、たいして意味はないけど楽しく話すというのが苦手でした。

場の雰囲気を悪くすることはしませんでしたが。

僕は、効率的であることや、合理的であることが悪いことだとは思わない。

むしろ本来の意味通りいいことだと思う。

でも、もっと大事なことは、いかに楽しめるかどうかだと思う。

それだけー!