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おしゃべりすぎるマスターのいる喫茶店は潰れる理由。

はじめに断っておきますが、これからの話しは僕の推測が大半であり、話しの結論も、勿論絶対ではないです。

ただ、僕ははじめて行った喫茶店のマスターがおしゃべりだったらなんか嫌だなーと思うのと、なぜそう思うのかから、安定した経営は難しいんじゃないかと思うので、その話しです。

喫茶店というのは結構常連さんで成り立っていると思います。
僕もよく喫茶店の常連になります。
今は、お昼に行くと席が空いてないときがあるので、1店舗ではなく、3店舗行っていて、席が空いているお店に行きます。
でその3店舗ともに常連さんというのはいます。
なんで常連さんなのかとわかるかというと、よくみかけるからです。
店員さんから常連さん扱いされているからわかるわけではないです。
僕がもしはじめて行った喫茶店が常連さんとやたら親しい感じの対応がみえたら、常連じゃない僕は、少し居心地が悪く感じると思います。
その日1回だけならなんとも思わないかもしれないけれど、よかったらちょくちょく来ようと思って来ていたら少しどうしようか考えます。
で、他に近くに喫茶店があって、そこのほうが居心地がよさそうならそっちに行くようになると思います。
常連さんに手厚いサービスをする店なら、自分も常連になればそうなるかもしれないですけど、それはそれで息苦しいものがあります。
喫茶店というものは、とくに常連の場合、少しあいた時間でコーヒーでも飲みながらゆっくりしたいだとか、少し一人で考えたいことがあるとかそういうことで行く場合が多いと思います。
だからどれだけ常連になってもほっといてくれる店が一番いいです。
でもね、店側からしたら、常連さんの存在って大きいと思うんですよ。
毎日くる常連さんが、100人いるのといないのとでは全然安定感が違うと思います。
だから常連さんを大事にしたい。
それは当然思うことだと思います。
で、常連さんからしたら、やってほしいことといえば、普通に、きめ細やかな気遣いから生まれる自然体、居心地のいい空間をつくってくれたらそれでいいと思うんですよね。
気遣いの最上級は、気を使っていることを相手に感じさせないレベルにあります。
気を使ってくれてんなーと思われてしまっているのはへたくそです。
だから特に努力もしてないですけど、居心地なんか知りません。
くらいの感じで、居心地のいい空間をつくれるのが、いい喫茶店のマスターだと思う。
勿論その方が、一見さんも来やすいというのもある。
なので常連さんと一見さんで上手くまわり、店が繁盛するのです。

今日、自分にあった話しをすると、僕が営業でとりあつかっている商品をね、最近ものすごく気にいって使ってくれている学生さんがいるんだけど、今日その学生さんが店にきてるということを聞いた、しかも商品が壊れたと。
ものすごく気にいってくれていて、いつも、勧めてくれて有難う御座いますっていいにきてくれていたから、かなりショックだった。
実際、その学生さんと話しをすると、ほんとに心苦しくなってきて、仕事のパートナーに、「何とか、代替え品を無料で手配できないかな?」
「明日会社で上手くやれないか聞いてみよう。」という話しをした。
パートナーも、「自分が実際使っているのを修理がおわるまで貸したい。」という話しだったんだけど、その学生さんは、「それは大丈夫ですよ、かりたの壊しちゃっても嫌ですし。」ということでその学生さんは帰った。
また近々くるだろうから明日会社に聞いてみるという話しをしたとき、パートナーが、「でも、それはやり過ぎな感じがしますね。」と言った。
続けて「あきらかに使い方が悪いってのもあるし。」と言った。
たしかに、どうみてもちょっと無茶な使い方をしたなという壊れ方をしていたし、本人もそれをわかっていた。
そして、そういう場合通常のお客さんだと、当然修理扱いになるところを、その常連さんだけ超特別扱いをすることになる。
相手がそれを望んでいるならまだしも、そうでない場合、なんか変に特別扱いをされるのが嫌で、ちょっと店にきにくくなるかもしれない。
相手も大丈夫ですと言っているし。
むしろそこで大丈夫ですっていう謙虚さがあるからこそ、こっちも特別扱いしたくなるほど、感情移入してしてしまっているんだと思う。
余計なおせっかいで大切なお客さんをなくすところだった。
相手にとって居心地のいい気の配り方というのはむずかしいものだ。
お客さんと直接関わる仕事って、いろんな仕事でこれと同じことが言えるかもしれないなーと思った。
そんな感じです。


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