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謙遜し過ぎもよくないんじゃないかな。

謙遜を辞書で調べてみる。
【謙遜】
へりくだること。
控え目な態度をとること。
また、そのさま。
とある。
そうだ、これこそが日本人が好きな態度だと思う。
実際、日常生活で、僕はすごいんだ!と誇示するよりも、大したことないですよ、みなさんのおかげですといった態度をとる方が、その人のすごさは伝わるし、より支持を得ることが多いように思う。
そんなことはない、あんたは偉いよ、すごいよと、周りが持ち上げてくれたりするものだ。
この心理を使って、コミュニケーション障害や、うつ病やメンヘラを自称する人が、叩かれていることがある。
叩いている人からすれば弱者であるということを立場的優位としていいように使っているということで叩いているということらしい。
それと同じ心理かはわからないが、謙遜を通り越して自分を糞だとか塵だとか言っている人に若干の気持ち悪さを覚えてしまう。
自分で自分のことを大したことない、ダメなやつだということで、この先無礼なこと、失言があってもしょうがないですけど許して下さいという防御線を張っているように感じてしまうかもしれない。
僕も仕事の人間関係で謙遜することはよくある。
周りが何か評価してくれるようなときに、パートナーのおかげですとか、みんなに元気づけてもらったとか言うことが多いです。
でもこれってやり方やポイントをはずすと、自分のことを糞とか塵とか言ってるのと同じように胡散臭さが残ってしまいます。
あきらかに周りがダメで、自分のおかげのときに、いや周りのおかげで、とやると、いやいや何言ってんの?と逆に謙遜しすぎて反感をかってしまうかもしれません。
なのでそうならないように僕は違和感なく周りのことを持ち上げる為に、よく周りの良いとこ、すごいこと、助かっていることに目を向けるようにしています。
そうすることで周りのいいところをみつけるのが上手くなり、それを伝えることで、周りからも感謝され、自分も感謝してもらえてうれしいといういい関係をつくることになっていると思います。
話しは戻りますが、自分を糞とか塵とかいうまで謙遜しなくてもいいと思います。
そこまで防御線を張らなくても、失言があって例えば炎上なんかしたときには、まっとうな意見には真摯に受け止め、ただの野次は華麗にスルーすればよいと思うのですよね。
だってネット上はリアルの付き合いではないからいいという意見もあるとは思いますが、実際に自分の仲のいい友達が自分のことを糞だとか塵だとか言っていたら心配になるし、いい気はしないですから。
ネット上とはいえ、これから先、縁があればいい関係を築きたいと思えるような関係づくりがあったほうが、有意義だとおもうんですよね。